04
ふわふわふわふわ……。
何か温かいモノに包まれて、浮いているような感触がした。
そこで周りを見渡すと、あ、雲だったんだ、と納得。
そういえばあたし、今、空を飛んでたんだっけ。
気持ちいいな。
でもこの雲、何だか重たくない?
あれ? 重い?
あれ? 違う、痛い?
痛い? 頭が痛い?
あれ、あれ?
ガクンと、急にどこかに落ちたような衝撃で、あたしは現実に引き戻された。
夢、だったんだ……。
そう思って目を開けた瞬間、僅か数センチの距離に零のアップがあった。
思わず、声が出そうになる。
けれどそれをどうにか飲み込んだ。
ズキンと、落雷でも落ちたような物凄い痛みが頭に走る。
そこでまた、漏れそうになった声を堪えた。
――二日酔いだ。完全に。
自分の今の状況が、あまりにも信じられなくて――ううん、本当は、こうなることは想像していたけど。
それでも昨日の記憶が曖昧で、あたしは取りあえず目を閉じて、気持ちを落ち着かせようとする。
息を吸い込み、長く吐き出す。
そして、そろそろと、もう一度瞼を開いた。
つい数十秒前とは変わらず、そこに零の寝顔がある。
あたしの、間近に。
ヤッてしまった……。
いや、自分から誘ったんだけど……。
念のため、そっと自分の手を下半身に這わせてみた。
もしかしたら……シテないかもしれないし……。
僅かな期待を込めたけれど、それは簡単に裏切られる。
掌には、何も着けていないことを証明する肌の感触がして、大きな溜め息が漏れた。
あれから――。
「今夜はあたしに付き合ってね」と言ってから、どのくらい飲んだんだっけ……?
酔い始めてから、零に愚痴を言っていたのは何となく覚えているけど……。
とにかく、飲んでばかりいた気がする。
零の作ってくれるカクテルは、どれも美味しくて。
するすると胃に収まっていって。
だけど――記憶がない。
それ以上の、記憶。
あたしが、ココにいる記憶が、何も。
すぐ目の前の零は、まだスースーと寝息を立てて眠っている。
無垢な寝顔。
ブラインドの隙間から洩れてくる柔らかい光で、室内は薄暗くても、彼の顔がはっきりと見える。
寝ていても、綺麗――端正な顔、っていうのかな。
瞼の下に散らしたような睫毛は、あたしよりもきっと長い。
肌もつやつやだなぁ……。
少し幼さが残る零の寝顔に、見惚れてしまう。
心地良く感じていたのは、零の腕枕で――すっぽりと抱きしめられて寝ていたせいだったのかもしれない。
顔の下にある腕に、目を落とす。
細いようでいて、しっかりとついた筋肉。
そこから辿って、目の前の胸板に目が行った。
均整のとれた身体。
あたしの身体に回されている――腱の浮き出た腕も。
服を着ていると、華奢に見えたのに。
どこも意外とがっちりしていて――凄く、男っぽい。
そう思った途端、心臓が音を立て出す。
うわっ……ヤダ、あたしってば!
エロババアみたい!
鼻先が触れそうなくらい近い状況も、どうにも落ち着かない。
昨日初めて会った男の人に、裸で抱きしめられている――なんて。
一度きりの関係って、普通、朝起きたらどうするものなのかな?
こんなこと、初めてだし……どうしていいのか、分からないよ。
このまま――どうせ1回きりの関係なんだし、そっと帰ったら駄目かな?
うーん、と考え込むと、頭痛がしてくる。
とりあえず、服を着よう……!
零を起こさないように、あたしの背中へと伸びている腕を外そうと、そっと持ち上げた。
と、そのとき――逆に零の腕に力が入り、ぎゅっと抱きしめられて、彼の胸にあたしの顔は押し付けられた。
「んきゃ!」
今度は声を押し殺す間もなく、大きな悲鳴が出てしまった。
しかも、胸に押し付けられたせいで、おもいっきり変な声。
あまりにもびっくりして、心臓が早鐘のように脈打つ。
痛いくらい、バクバクと。
零は、抱きしめてきた腕をゆっくり緩めると、天使のように可愛い笑顔をあたしに向けた。
「おはよう。花音さん」
「お、おはよ」
あたしは平静を装ったつもりだったけれど、声は少し上ずってしまった。
それを見て、零はクククっと面白いモノを見たように笑い出す。
「マジでカワイイね、花音さん」
こ、こいつ……っ。
ホントは、起きてあたしの反応見て楽しんでたんじゃないの?
何だか、悔しい。
あたしのほうが、絶対、年上なのに。
「服、着ていい?」
「どうぞ」
零は、にこりと微笑んでから、あたしの上にある腕をどかした。
あたしはすかさず布団で胸を隠し、上半身を起こした。
………。
服……どこに置いたんだっけ?
「服は、ベッドの横の、床の上」
見越したように、零はまた楽しそうに言う。
ああ、もう、ホント、悔しいカンジ……。
「ありがとっ」
あたしは、ちょっとムクレた口調で答える。
立ち上がろうと身体を浮かしたところでふと気がついて、そこで動きを止めた。
立ち上がったら見えちゃうじゃん。
「あのさ、後ろ向いててくれる?」
零は、無言でくるりとあたしに背を向けた。
素直な反応に、あたしは内心ホッとして、ベッドから足を下ろした。
白っぽいタイル貼りの床の上には、昨日脱ぎ捨てたらしきあたしの服と、多分零の物であろう服が散らばっていた。
見て推測するには――脱いでそのままベッドに入ったらしい。
あたしは周りを見渡す余裕もなく、急いで自分の服を身に着け始める。
下着に、ワンピース。その上に羽織っていたカーディガン。
でも、なぜかこういうときって、焦って上手く着ることができない。
昨日初めて袖を通したばかりのピンクのワンピースは、背中のファスナーがなかなか上がらなくて――できれば誰かに上げてもらいたいくらいだけど……そこは、やっぱり……。
どうにか自力でファスナーが上がると、さっとカーディガンを拾い上げ、羽織る。
あとはストッキングだけ――。
と、床に座り込み、つま先を差し入れたときだった。
「つーかさ、花音さん。
昨日、あれだけ大胆に自分から服脱いで、挙げ句にオレの服まで脱がしたじゃん?
隠しても、今更なんじゃない?」
「ええっ!?」
驚いて、思わず零の方を振り向く。
――て。いつの間にか、こっちを見てるし!
ニヤニヤと、楽しそうに口角を上げている。
みるみる頭に血が上る。
顔は火照って、絶対真っ赤だ。
自分から、って――しかも、脱がしたって――。
は、恥ずかしい……。
て、いうか、覚えてないし……。
頭、痛い……。
二日酔いの頭痛なのか、自分の情けなさからなのか、分からない状態だ。
ストッキングは履けずにいるまま、こめかみを指で押さえ込む。
零は向こう側で、ふう、と、小さく息を吐き出した。
「やっぱり、覚えてないんだ?
ま、しょうがないか?
でも次回は、アルコールはナシでしよ」
ええっ!?
次回って?
一回だけの関係じゃないの!?
あたしは零の言葉に、あまりにも驚いたのか、呆気に取られたせいなのか、今度は声が出なかった。