17

「おはよう」


声をかけながら玄関の重たいドアを開けると、朝の細く光る太陽の光線と共に、その姿が瞳に滑り込んでくる。

眩しさに負けたように、あたしは思わず瞳を少し逸らしてしまう。

頭の上に、ぽん、と、大きな手の感触がした。
軽々しく髪を撫でたその相手の顔を、結局そこで見上げる。

海斗はあたしと目が合うと、あの少し意地悪そうな笑顔を見せた。


「おう。ちゃんと起きられたんだ?」

「起きられる、って、言ったじゃん……」

「そのくらいで、威張るなよ」

「威張ってないし!」


海斗はあたしの顔を見て、クククっと笑う。


ホント、朝っぱらから失礼しちゃう!
あたしは会えて嬉しいのに。
きっとコイツってば、何とも思ってないんだよね。


一度上目遣いに睨んでから、玄関先に用意しておいたかごのバッグを引っ掴んで肩にかけ、裸足のまま玄関を開けたあたしの足に、サンダルを履かせてあげた。



車に乗り込むと、独特の香りがあたしを迎い入れる。
ココナッツのふんわりとした甘い匂い。
小さな銀色のアルミの缶に入った固形のエアフレッシュナーは、南国の海の絵が可愛くて。
コレは、海斗の車の香り。

走り出した車内で流れるBGMは、この季節に合ったボビー・クレイのスローナンバー。
これから行く夏の世界への気分を盛り上げてくれるようだ。


「菜奈、朝飯食った?
コンビニ寄るけど」

「食べた、って言いたいトコロだけど。
おにぎり作ってきたよ。食べる?」

「え? マジで?」


海斗は運転中のフロントガラスから、ぱっとあたしの方を見て瞳を輝かせた。


餌に釣られた子犬みたい。
ヤバい……。めちゃめちゃ可愛いんだけど……。


そう。
早起きして、おにぎりと卵焼きと。焼いただけだけどウインナーと。
朝食に、と思って作ってきたんだ。
朝早いから食べてきてないだろうな、って思って。

男って、お弁当とか手料理に弱かったりするじゃん?
コレはあたしの小さな作戦みたいなモノ。
少しは好感度上がるかな、って。
まぁ、これくらいはしないと、ね。相手は手強いし。


バッグの中から、大判の赤いバンダナに包まれたお弁当を取り出す。
膝の上で卵焼きとウインナーの入ったタッパーを開くと、ぺたんこの胃袋を刺激するような食欲を掻きたてる香りが立ち込める。

あたしは、おにぎりのひとつを銀紙の途中まで剥き、海斗に「ハイ」と手渡した。


「いただきまーす」


おにぎりを片手にハンドルを握る海斗は、前を向いたまま大きな口でぱくりと海苔のついた先端をかじり取った。


「うめぇ」

「ホント?」

「お料理上手だもんね、菜奈チャン」

「何かあんまり嬉しくないんだけど、その言い方……ただのおにぎりだし……」


だって、朝食に豪華弁当のが変でしょ?

あ。
また笑ってるし!


「だからー。オマエ頬っぺたすぐ膨らませすぎ! 分かりやすすぎ!」

「もう! 海斗は笑いすぎだからっ!
いいよ、もう、あげないもん」

「美味いって言ってるじゃん。
なー、卵焼き取って」


運転中の海斗は、ちらっとだけこちらを向いたけれど、すぐにフロントガラスの先を見つめる。
早朝のガラガラの直線道路は信号のタイミングも良く、車は停まる気配を見せない。


「取って、って……」

「口に入れて」

「………。
じゃ、口、開けてよ」


思わず、冷たく答えてしまった。

だけど、こんなのって嬉しかったりする。
本当はドキドキして。
だって、本当の仲の良い恋人同士みたい。

人差し指と親指で摘んだ卵焼きの一片を、大きく開ける口に近づけた。

その口の中に入れた瞬間にそれは閉じられて、あたしの指先に海斗の唇の感触がした。
そうかと思うと、柔らかくて生暖かい違う感触もして、驚いて急いで指を引っ込めた。


「ちょ、ちょ、ちょっとっ!」

「んー、美味い」


海斗は口をもごもごと動かしながら、何もなかったような顔つきをしている。


コイツっ!
絶対、確信犯!


「今、指なめたっ!」

「うん。卵焼きの味がした」


平然と言って、前を向いたまま、あの微笑みを見せる。


すっごい楽しそうだし!
絶対、あたしのこと、からかってるし!


心臓の動きだけはどうでもいいくらい速まっていて、きっと顔も赤い。
こんなことにドキドキさせられるなんて。
あたし、中学生じゃないんだから……。

何だかそんな自分が無性に情けなくなって、大きな溜め息をひとつ吐いた。

そんな項垂れたあたしの頭の上から、海斗の声が言った。


「つーか、マジでオレ好み。
菜奈の卵焼きって、出汁巻きなんだな。甘くないヤツ。
オレ甘いのより、こっちのが好き」

「………」


きゅうっと胸が締め付けられて、甘い気持ちが込み上げる。
俯いたはずの顔だって、すぐに上げさせられてしまう。


あーヤバい。
作戦もなにもないじゃん。
あたしがヤラれてるから……。
そんな風に言われて、嬉しくないわけないじゃん。


あの初デートの日、有名なプリンのお店に連れて行ってくれたのに食べなかった海斗。
甘い物は苦手、と言っていたのを覚えてる。
だから甘い卵焼きより、出汁巻きの方のが好きなのかな、って思ったんだ。

やっぱり、あたしの機嫌――こんなことですぐに直っちゃう。
それに、少しずつ、海斗のことを知っていくのも嬉しい。


「ね、日本食も甘いの苦手なの?」

「別にそうじゃないけどさ。甘い卵焼きはお菓子みたく感じるんだよなー。
甘辛の煮物とかは好きかな。
あー、そーいや、肉じゃが作ってくれるんだっけ?」

「じゃあ、来週はウチに夕飯食べにくる?
材料用意しとくけど」

「来週?」


海斗は、何かひっかかったような声を上げた。


あ。
あたしってば……もしかして、週末に夕飯とかって、誘ってるように思われた!?


そう一瞬のうちに悟ると、海斗は案の定、含み笑いをする。


「ちょっとっ! 変な意味で取らないでね!」


思わずムキになって言ってしまう。
だって、また何か勘違いして言われそう。

でも……。
先週なんて泊まってるし、約束だって守ってくれてるし。
別に、週末に家で夕飯って変じゃないよね?


「ムキになるなよー。余計面白いから。
オマエ、マジで分かりやすいなー」

「面白い、って……。
もー、知らないっ!
いいもん、作らないし!」


海斗はあたしの反応に、面白そうに笑う。
そして、あたしの頭の上で海斗の手がぽんと弾んだ。


「意地っ張りだなぁ、菜奈チャン。
じゃあ来週、な。約束」


思わず、その触れられた部分を確認するように、あたしも同じ場所に触れた。
海斗は、こんな風にポンポンしょっちゅう子供をあやすように頭に触れてくる、と思う。


――でも、嫌じゃない。
ううん。
何か、こんな風に触れられるの、好き。


髪を整えていると、信号が黄色から赤に変わって車が停止された。
停まると同時に海斗は、まっすぐ見つめていたフロントガラスから、あたしへと視線を移し覗き込んでくる。

少し茶色い大きな瞳。
こういうときに限って、また優しい色を見せる。

ズルイ。


「……分かった。
約束、ね」


少し拗ねたようにそう言うと、膝の上の卵焼きが、意地悪そうな口元に大きな手で運ばれた。


弱いな、あたし。
ホントにコイツのペースだ。








あたしのアパートから鎌倉市にある七里ヶ浜までは、車で一時間弱だ。

何気ない普通の会話をするだけでも。
ただ、隣に座って流れる景色を見ているだけでも。
ふたりの時間は楽しくて。

本当にあっと言う間で、簡単に目的地に着いてしまった。

まだ朝の7時半。普段の休みの日なら寝ている時間だというのに、この間と同じように駐車場内は沢山の車が停まっていた。
既に海に入っているのか空の車もあれば、これから波乗りをする準備をしているサーファーやボディーボーダーもいる。



「あー、やべ」


海に出る支度をしようと後ろのドアを開けた海斗が、荷物を睨みながら声を上げた。
どうしたのかと、あたしも車を降りて海斗に近づく。


「どうかした?」

「リーシュ忘れた。
ボードと足を繋ぐコードなんだけど」

「それって、ないと出来ないの?」

「あれが命綱みたいなもんだからな。
それに、身体からボードが離れたら流されちゃうだろ?
ちょっと店寄っていい?」

「うん。
麻紀さんのお店?」

「そう」


平然と言う海斗に、ちくりと胸が痛む。


……麻紀さん、って、元カノじゃん……。
この間あんなこともあったのに……。

コイツ、肝心なところがデリカシーないっていうか。
これってあたしのこと、やっぱり何とも思ってないから平気なんだろうなぁ……。


そう思うと、自然と足もとに目線が落ちてしまった。
昨日の夜、一生懸命塗ったピンクのベースに赤のラインストーンを乗せたペディキュアが、太陽の光で妙に輝いて見える。
そんなことさえも無駄な努力の気がして、余計に溜め息を吐きたくなった。

我慢して飲み下すと、その声が聞こえた。


「皆、紹介するし」


――えっ?


思わず勢いよく顔を上げて、海斗を見つめる。


「昔からの知り合いばっかだから。
あんまりガラは良くねーけど、いい奴らだしさ。
きっと、その中の誰かの彼女とかも来てると思うから、女の子と一緒にいれば、オマエも待っててもつまんなくないだろ?」


そう言って、海斗はあたしに向かって微笑んだ。
あの綺麗な顔が優しく。


「えっ……うん」


そんな言葉しか出てこなかった。

だって、昔からの友達を紹介してくれる、って。
それって普通だったら、ちゃんとした彼女じゃなきゃしないことでしょ?

それに、あたしの不安を汲んでいるみたいに優しい顔で言うなんて。

バレてないよね?
あたしの気持ち。


「行くか」


海斗は、あたしの手を取った。
握られたその手が、朝のきつくなり始めた日差しを受けて、余計に熱く感じた。





「あそこ」と、海斗は海沿いにある、お洒落なサーフショップを指差した。
最近建て直したばかりだというこの店は、南国調というより、モダンな感じだ。
黒のガルバリウムの壁に、シルバーの片流れの屋根。
冷たさを感じさせるその壁の素材を、柔らかいイメージにするウッドデッキと大きな無垢の窓枠。
日光を燦々と浴びて大きくなった、眩しい緑の葉が揺れる大きなフェニックス。
ウッドデッキの上には、ピカピカに光る赤と青のビーチクルーザーがそれぞれ一台ずつ。

カララン、と、木枠のガラスのドアが開かれると、涼しげなベルの音が鳴った。


「あれ? 海斗!」


”紹介”という言葉に緊張していたあたしは、店の中に入ると一瞬にしてがっくりとさせられた。
海斗に声をかけてきたのは嬉しそうに微笑む麻紀さんで、あとはショップの店員さんらしき女の人が一人いるだけだったから。


「何だ、もう皆、いねーの?」


店内を見回して言う海斗に、麻紀さんが近づく。


「遅いよ。とっくに海入ってるよ。
海斗もこれから海入るの?」

「あー。リーシュ忘れて」

「そーなんだ。毎度どうもー」


冗談っぽく微笑んだ麻紀さんに海斗は軽く手を上げて、目的のリーシュコードのある場所へと、如何にもよく知っている店というように進んで行く。


「こんにちは」


あたしは海斗についていかずに、店の入り口付近に立ったまま、麻紀さんに軽く頭を下げた。


「こんにちは、菜奈さん。
この間はどーも、ね」


麻紀さんも、にっこりと笑ってあたしに挨拶を返してくる。


やっぱり、綺麗なひと……。


そのスタイルと笑顔に、思わず見とれてしまう。
レセプションの時の落ち着いた女性らしいワンピース姿とは、また違ったカジュアルなスタイルだけれど、それもまた彼女に良く似合っている。
アップにした髪にピッタリとしたキャミソールが、線の細さと胸の大きさを強調している。
デニムのスカートから出る長い素足も、細いうえに形も綺麗。
モデル、と言ってもおかしくないくらい。


「何?」


麻紀さんは、思わず見とれてしまったあたしに、不思議そうな顔をした。


「あー、いえ。写真、が……」


見とれていた、なんて恥ずかしくて、思わず彼女の後ろの壁に沢山貼られた写真を指差した。
あたしの位置からだと離れていてあまり良くは見えないけれど、波に乗っている写真や、海の写真、ショップの仲間同士の写真、というのは分かる。


「あっ、写真?
お店建て替えた時に、昔の写真とか沢山出てきてね。整理して最近貼ったの。
懐かしい昔の写真がいっぱいで、海斗の写真もあるよ。
あー、ほらこれ、海斗だ。新島行った時の」


麻紀さんが指差したのは、大きな波に乗る海斗の写真。
写っている身体は小さくて、顔もよく見えないけれど、海斗だとすぐに分かる。
まるで波を操っているように、しぶきを立てて宙に浮いている。

こういう技って、何て言うんだろう?

あたしは全く分からないけれど、とにかく綺麗だな、と思った。

写真の並ぶ壁の目の前まで、足が勝手に動いた。


抜けるようなブルーの空。
溢れ返る太陽の光が、海面に金色に乱反射している。
白く上がるしぶきと、エメラルドグリーンの波の壁。
ウエットスーツの上からでも分かる、無駄のない筋肉とがっちりとした身体。
濡れて光る髪。

全てが綺麗で、写真と言うより、一枚の完成された絵のように思えた。


「おー、オレってカッコイイだろ?」


背中から海斗の声が聞こえた。
肩越しに振り返ると、海斗は手に持っていたリーシュコードを麻紀さんに手渡していた。


「自分で言うかな……」


思わずまた、呆れたように言ってしまう。


「何だよ、可愛くねーな。
素直に海斗ってばカッコイ〜って言えよ」

「言いません」

「ふーん。
大体、今日はちゃんと見てろよ。この間、見てなかったんだし。
生で見たらカッコイイって思うよ。
つーか、思ったら、言え。
全っ然、素直じゃねーからな、オマエ」

「分かったよ、もー」


あたし達のやり取りを、すぐ横で呆気に取られて見ていた麻紀さんは、急に声を上げて笑い出した。


「ちょ、ちょっとー!
面白いっ。ふふふっ」


お腹を抱えて笑う麻紀さんに、海斗は眉を寄せて睨む。


「何だよ」

「だってぇ、何だか小学生とか中学生の会話みたいなんだもん」


ええっ!?
しょ、小学生!?

かなりショック……。
確かに子供っぽいのかも。あたしが……。
いつも意地張ってばっかりだし。
大人っぽい麻紀さんは、もっと上手く立ち回るんだろうな……。


「オマエそれ、失礼だし」


海斗が怒ったようにそう言うと、麻紀さんはオーバーなくらいのジェスチャーで「まぁまぁ」と、海斗をなだめる。
そして、笑いをぴたりと止めると、海斗に言った。


「海斗支度あるでしょ、先に海に行ってなよ。
菜奈さんに写真見せてくよ」


えっ?
あたしに?


いきなり言われたことに驚いてパッと海斗の方を見ると、数秒空けてこちらを見る。


「あー……。
菜奈、どうする?」


少し歯切れの悪い訊き方。
それは一応、元カノと二人にさせる心配?

確かに麻紀さんと二人きり、っていうのはどうかと思う。

だけどあたしは――。
それよりも、写真に興味があった。


だって、本当は格好良いって思ったし。
昔の海斗の写真も見たいし。知りたい――。


「うん、写真見せてもらう。
先に行ってて」

「分かった。
じゃー、行ってる」


海斗はリーシュコードのお金を払うと、またドアベルの独特の音を響かせて一人で店を後にした。

海斗がいなくなると、急に店の中がシンとした気がする。
もう一人いるスタッフの女の人が、奥の方で何か作業をしている音がしてくる。
あたしは麻紀さんの横で、変な緊張があってドキドキしていた。


でも……最初に会った時の挑戦的で棘がある感じはないみたい。
麻紀さんは、何であたしを誘ったんだろう?


そう思いながらも、壁に並ぶ写真を見渡した。

サーフィンの写真だけじゃなく、仲間同士で写っている海斗の姿も見つけた。
同い年くらいの男の人に、首から肩をがっちり組まれてあどけなく笑う姿。
この間見た卒業アルバムを思い出す。


高校生くらいの頃の写真かな……?


少し色褪せた感じの写真の様子からも、そう思わせられる。

じっと見つめていると、すぐ横で麻紀さんが、あたしと同じようにその写真を見上げた。


「これ、高校生の時のよ。まだ16歳かな?
ウチに来たばっかりの頃の」

「やっぱり!
若いなぁなんて思って」

「ふふふっ。今と比べると可愛いよねー」


懐かしむように少し目を細めて、麻紀さんは笑った。

あたしの知らない海斗をこの頃から知っているんだな、と思うと、胸がちくちく痛んだ。


あたしなんて何も知らないじゃん、海斗のこと。
麻紀さんと今のあたしとじゃあ、比べようがないのかもしれない。


麻紀さんと同レベル――そう、最初のデートの日に思ったことが、恥ずかしくなった。


海斗も麻紀さんもお互いに高校生の頃から知っていて――。
知っていた上で付き合ったんだ。
たとえそこに恋愛感情がなくても。

あたしなんてただのゲーム――アイツにとっては遊びみたいな対象でしかないのに。
比べること自体、間違ってる……。


思わず溜め息が出そうになったのを、ぎゅっと瞼を瞑り飲み込んだ。

そして目を開くと、視線の先を麻紀さんに気付かれないように元の位置に戻し、また違う写真を眺めた。

気持ちが大きくぐらついて、写真を見ることに集中出来なくなってしまった。
だけどそんな気持ちを麻紀さんに悟られるのが嫌で、あたしは頭の中に映らなくても、目の前にある写真達を無理矢理見つめる。

ふ、と。
何故か写真の中の、目立つウエットスーツの色が目に入った。
浮き立つブルー。

湘南の海の色と似ている、コバルトブルーのウエットスーツ。
サーファーとだけあって、ウエットの上からでも分かる綺麗に締まってついた筋肉。
浅黒く日焼けした肌に、明るい茶色の濡れた髪。
細く鋭い猫のような目つき。

海斗とは違ったシャープなタイプの顔のつくりだけれど、ハッと視線を奪われるくらい格好良い人だった。

よくよく見てみると、他の写真も黒いウエットを着る人の群れの中に、一人だけそのブルーのウエットを着ている彼が目立っていた。


「ああ、神原さん?」


あたしの視線の先にある人物に気が付いた麻紀さんが言った。


カンバラさん、っていうんだ?


「あたし達の二つ上でね、小笠原から来たの。
小学生の頃から小笠原の大きな波に乗ってたから、めちゃめちゃサーフィンが上手くて。その上、フォームも凄く綺麗で、技なんて凄くて。この辺じゃ有名人だったわ。
神原って名前から『ゴッド』って呼ばれてたくらいなの。
このブルーのウエット、特注で作ってて、この色は彼の色だったのよね。
今はプロサーファーになって、また小笠原に戻っちゃったんだけど、ね」

「へぇ、凄いんですね。
プロなんだ」

「海斗も憧れてて、仲良かったの」

「海斗も?」

「海斗が最初にココに来たのって、神原さん目当てだったんだ。高校生なのに凄い人がいるって。
あの海斗が凄く慕ってて……よく一緒につるんでた、って言うか、面倒見て貰ってたわ。
ふふっ、懐かしいな」

「そうなんだ……」


そんな話を聞けるなんて、嬉しいな。
ほんの少し、海斗のことを知った気がして。
それを麻紀さんから聞くのは、少しだけ複雑だけど。
それでも知りたいな、って思う。

そっか。
海斗の憧れていた仲の良い先輩なんだ……。


特に探し出すわけじゃないけれど、やっぱり目立つそのブルーのウエットの写真に目がいった。


あ。
海斗も一緒に写ってる。


ブルーのウエットの三人隣に、海斗の姿を見つけた。
海をバックに、数人で写っている写真だ。

けれど、それに気付いた瞬間、あの笑顔が目に入ってどきりとした。


――なん、で……?


心臓が早鐘を打つ。
身体中の脈もどくどくと波打つのを感じるほど、速まっていく。

卒業アルバムに写っていた笑顔よりも、もっと幸せそうに笑う萩野さんの笑顔がその写真の中にあった。

だけど、それは海斗の隣じゃなくて。

恋人同士だろうと感じさせるくらい、仲良さそうに寄り添って微笑む二人。
彼女のその隣は、神原さんだったから。

update : 2007.10.06