03
10人の乾杯の声と共にグラスを合わせた。
この季節、仕事の後のビールって、本当に美味しく感じる。
冷たい炭酸の喉越しが堪らない。
合コン会場となったのは、お洒落な和食の居酒屋。
店内は、ひとつひとつの個室のように、通路を挟み三方を壁で仕切ってある。
白い漆喰の壁に、黒っぽい木製調度品。畳は琉球畳で、その上には和紙を使用したランプが柔らかいオレンジ色の光を放っている。
居酒屋もお洒落なところは多いけれど、モダンで落ち着いた雰囲気のココは、あたしの好みだな、なんて思う。
自己紹介もそこそこに、最初こそ皆で盛り上がって会話をしていたけど、途中からはほとんど個人同士で適当に喋っている感じだ。
座敷というのが移動しやく座りやすいせいもあるのか、テーブルを挟んで男女、ではなく、バラバラに好きなように座っている。
いつの間にか、最初に座った位置とは変わっていたり。
テーブルの一番端――壁側に座るあたしの隣は、ミカの友達の菅野くんだった。
さっき、ALTA前で話しかけてきた人。
お店に来るまでの間も、話をしながら隣を歩いた。
話上手、訊き上手……で。喋っていても結構楽しい。
眼鏡の奥にある切れ長のクールな瞳が、笑うと優しげに変わる。
少しだけ元彼に似てる……なんて。
――アイツ。
大野海斗は、あたしの斜め前に座っていた。
瑞穂とミカは彼狙いらしい。
二人で彼を間に挟み、楽しそうに喋っている。
「趣味は?」とか「何が好き?」とか。会話がたまに耳に入る。
別に聞き耳立てているわけじゃなくって、自然に聞こえてきちゃうだけ。
三人とも、楽しそう。
あたしが、性格悪いと散々言ってたのに……
顔のイイオトコには弱いんだから……。
そうは思うんだけど、聞こえてくる会話からは、ヤツも全然普通。
むしろ調子良くって、話上手で。瑞穂にもミカにも優しい。
お酒の勧め方も上手くて。ちゃんと気も遣ってるっぽい。
あたしへの対応とは、大違いの気がする。
まぁ、別にどうでもいいコトなんだけど。
ムカつくヤツだから、嫌でも視界に入るっていうの?
「菜奈ちゃんって、あんまり飲まない方なの?」
隣に座る菅野くんが、あたしに微笑んで言った。
「そんなこともないんだけど。日本酒とかは苦手かも。
甘い方が好きかな。カクテルとか。
でも、大体いつも似たようなの飲んでるなぁ」
「そーなんだ?
あ、コレ飲んでみる? ミモザ。
シャンパンベースで美味いよ、飲みやすいし」
ハイ、と。目の前に薄いオレンジ色の液体の入ったグラスを差し出された。
あたしは断る理由もなく、それを受け取る。
「ありがと」
うん。ホント、美味しい。
上品で飲みやすい感じ。
「美味しいね。コレ、初めて」
ありがと、とまた言って、そのグラスを返した。
一瞬の沈黙。
あれ?
菅野くんは、ふふっと笑った。
「わざわざ返さなくて全部飲んでもいいのに。
何か可愛いね、菜奈ちゃん」
え。
可愛い……?
「彼氏とか、いるの?」
テーブルに頬杖を付きながら覗き込むように言われた。
こういうのって、なぜかどきっとする。
「いない、よ」
「じゃあ、狙ってもイイ?」
「……え?」
瞳を捉えるように見つめられる。
わ。
合コンのこういうのって、苦手。
出逢いの場なんだから、こんなの当たり前のことかもしれないけど。
でも、誰にでも簡単に言ってるみたいに聞こえるし。
もうちょっと、ゆっくりじっくりって出来ないかなぁ。
なら、来るなって話だけど……彼氏は欲しいし、出逢いなんてなかなかないし。
何て返答しようと、逡巡していると「王様ゲーム!」のノリの良い弾んだ声が聞こえた。
――王様ゲーム……
うわ。コレも苦手。
限度も際限もない人もいるし。
でも参加しないわけにはいかないし。
瑞穂もミカも夏美も葉子も、見るとやる気満々。
きゃあきゃあ言って、はしゃいでいる。
確かに、合コンでのゲームって盛り上がるけど。
嫌だなぁ……。
割りばしの端っこにペンで書いた番号。これをくじのように引く。
それを引いた後、何番と何番が〜する、と王様が命令する。王様の命令は絶対。
ほんっと。あたしにとってはアホらしい。
最初のウチはまだいい。
1番が3番のほっぺたを思いっきり抓る。
7番が腰振って踊る。
5番が2番にデコピン。
1番と8番が抱き合う……。
まぁそんな程度。
でも次第にコレってエスカレートするんだもん。
変な命令が当たりませんように!
そう心の中で、普段はしない神頼みをしておく。
回は増すごとに盛り上がる。
楽しいことは、楽しい。それなりに。
だけど、内心は早く終わってくれればいいのに、なんて思う。
1回が過ぎるごとに、大したことのない命令や、当たらない自分にホッと胸を撫で下ろす。
だけど、そうそう運が良いわけでも、都合が良いはずもないのだ。
12、3回目くらいを迎えようとしていた。
当然のように、あたしの引いた割り箸はただの数字で。
1回くらい、王様が当たってもいいのに、なんて思っていたときだった。
「そろそろポッキーチューいくでしょっ!」
楽しそうな声の、王様夏美の命令が下される。
いや、楽しそうなのは、夏美だけじゃないらしい。
あたしじゃありませんよーに!
そう思っているのは、あたしひとりかもしれない。
盛り上がりを見せる中、夏美は命令を遂行する番号を軽々と言った。
「じゃーあ、4番と、5番ね!」
……あれ? 4番?
あたしじゃなかったよね……?
まさか、と思いつつ、恐る恐る手の中の細い棒を確認する。
や。まさか……!
願いは虚しく、割りばしの上の「4」の文字が目に入った。
嘘でしょっ!?
あたしが4番!?
がっくりと項垂れる。
よりによって、ポッキーチューなんて!
ある意味、運が良いとしか思えない。
「5……って、俺だ」
隣で菅野くんが、さらりと名乗りを上げた。
相手は菅野くん!?
「4番誰ー?」
なかなか名乗りを上げないことに、皆が面白がり出す。
「海斗だったら面白いのにー」
「菅野となんて気持ち悪いっつーの」
「やー。でも見たいかもー」
ぎゃははと、笑い声が上がる。
瑞穂の手がアイツの腕に触れていて、楽しそうにふざけ合っている姿に、何だか苛立つ。
ホントにアイツだったら良かったのに……!
誰とだって軽いノリで出来るんでしょ?
心の中で悪態をつきながら、かなり渋々で「あたし4番」と名乗り出た。
おずおずと手を上げると、皆からヒューヒューと歓声が沸く。
ああ。ヤダな。もう……。
「え? 4番菜奈ちゃん? ラッキー」
多分苦笑いしているあたしの顔とは反対に、嬉しそうな顔の菅野くんはポッキーを1本持ち、それを形の良い唇に軽く咥えた。
何だか凄く、事もなげに見える。
あたしがこんなに気にしているのが馬鹿みたいだと思えるほど。
ヒューっと、また歓声が上がる好奇の目の中で、あたしは仕方なく、菅野くんの咥える反対側のポッキーを唇に挟んだ。
背の高い菅野くんが、少し屈んであたしの目線に合わせて見つめるから、心臓が鳴り出す。
両側から少しずつその距離は縮まる。
本当にキスしそうな――唇が触れそうなほど、近い顔。
鼻先が触れて。目の前のその唇があと3 cm……というところで、あたしは耐え切れなくなってポッキーを噛み切った。
ハタチ過ぎてキスくらい、別に好きじゃない人とも出来るけど……さ。
だけど人前で、なんて。
こんなの顔から火が出そう。
皆、全然平気なのかな?
そんな緊張とドキドキがまだ止まらないうちに「じゃあコレで最後ね」と、またゲームは進む。
最後の回に皆盛り上がっていて、その前にしたあたしと菅野くんのポッキーチューなんて、もうどうでもいいようだ。
また皆に倣って割り箸を引くと、当然のようにあたしには王様なんて回ってこない。
そして最後の王様の命令は下った。
「最後はキスで締めー」
ええっ!?
だけど、またそんな命令……! と、思うのはあたしだけのようで。
皆は「キター」とか、「やっべー」とか。興奮して盛り上がる。
瑞穂たちも、「やー」とか言いながらも全く動揺している素振りもなく、ゲームを楽しんでいるようだ。
最後の最後にまたそんな命令が当たったらどうしよう!
息を飲む中、王様、水田くんの声が響いた。
「じゃ、1番と9番!」
あたしの番号は2番で。そんな心配も無駄に済んだ。
ホッとするのと同時に、誰だろうなんて考える余裕も出始める。
「あー。オレ、1番」
その声に、何故かどきりとした。
大野海斗……。
軽い調子の声。
絶対、何も考えずに平気で出来ちゃいそうだよね、コイツって。
その辺の道端でだって、ガンガンにしてそう……。
「9番あたしだぁ」
甘ったるい高い声の主は、瑞穂だった。
得意の可愛いはにかみを見せて「照れる」なんて言う。
歓声が上がる。
あたしは、ただドキドキしていた。他人事なのに。
二人は何の躊躇もなく、皆の前で唇を合わせた。
瑞穂の手は、アイツの胸元に触れていて。
アイツの手も、瑞穂の肩に触れていて。
唇が触れる前には、瞬時に瞳が閉じられて。
――二人とも慣れた様子のキス。
最後の命令のせいなのか、キスのせいなのか。皆が囃し立てるのが、より過激に聞こえる。
あたしはやっぱり――ドキドキとしている。
何だか目が離せない。
唇はゆっくりと離れた。
お互いに、顔を見合わせるように笑う。
意味を含んだような、瑞穂を見つめるアイツの笑顔。
――何か、腹立つ。
あたしには不敵な笑みにしか、見えない。
何だかどうしても、無性に腹が立った。
コイツ、散々遊んでる! 女の敵!
……みたく思えて。
勝手な妄想かもしれないけど。
でも実際、瑞穂たちに対しての態度は、女慣れしてる感じが取って見えるし。
何か、目の前にいるせいか、目につくの。嫌でも。
確かに物凄くカッコイイし、女に不自由なんかしないんだろうけど。
見ててイライラすんのよ、こーゆータイプ。
如何にも自分はモテます、みたいな。
これって、被害妄想……?
「菜奈ちゃん、大野が気になるの?」
「はあっ!?」
隣の菅野くんがあたしの耳元で囁いて、驚いて勢いよく振り向く。
目が合うと、彼はニッと笑った。
「ち、違うよ!」
「そう? 何かさっきから見てない?」
「え! 別にそんなんじゃなくてっ!
ただ、女の子に慣れてるな、なんて思って……思わず見ちゃっただけ」
「ふーん。まぁ、アイツ、男から見ても格好良いしな」
「え。だから、違うし!」
あたしそんなにガン見してた!?
恥ずかしくなって、それを誤魔化すように、目の前の薄いピンク色をしたピーチツリーフィズを一気に飲み干した。
アルコールが喉を熱くさせ、身体中に注がれていく感覚がする。
一瞬、頭がくらり、とした。
――あれ?
あたしそう言えば、結構今日飲んでるかも……。
何杯飲んだっけ……?
そう思うと変なもので、一気に酔いが回った気がした。
「ゴメンね、ちょっと……」
あたしは立ち上がって、一人でレストルームへ向かった。
足元はやっぱり、少しだけふらついていた。
やっぱり飲み過ぎたかも……。
酔っていると言っても、ほろ酔いの気分の良さやテンションの高さとは遠い。
気分が悪いと言ったほうが正しいくらいだ。
頼りない力でレストルームのドアを内側から押すと、居酒屋の落ち着かない雰囲気へと一気に戻る。
金曜日の店内は、ざわざわとどの客も盛り上がり、うるさい。
その雑音たちが酷く耳触りで、頭に響いてくらくらする。
壁際に置かれている入店待ち用の椅子が目に入り、そこに腰掛けた。
こつり、と頭を壁に凭せかける。
瞼を閉じると、アルコール特有の症状の、ふうっと身体が浮く感じがする。
「大丈夫?」
急に耳に飛びこんだその言葉に、はっと、目を開いた。
目の前には、あたしの顔を心配そうに覗き込む菅野くんがいた。
「ちょっと遅いかな、って心配で見に来たんだ。気持ち悪い?」
「あ、ごめんね。少し飲み過ぎたみたい……」
あたしは座ったまま、胸元で両掌を開いて見せながら「大丈夫」と菅野くんに言った。
……菅野くん。
優しいよね。カッコイイし、喋ってても楽しいし……。
そんな風に思っていると、菅野くんはあたしの隣の椅子に腰を下した。
「外、出ない?」
「え?」
「オレ、菜奈ちゃんのこと気に入っちゃった。
二人で抜けない?」
――『二人で抜けない?』
聞いたことのあるそのセリフ……。
菅野くんは、軽いノリのその言葉とは違って、目は真剣なものだった。
そんな雰囲気に、心臓が不安に音を立て出す。
あたしを見つめる菅野くんの顔が、元彼の顔とダブって見えた。
抜けるって、やっぱりそういう意味だよね。
良い人とは思うけど……。
そんな、急には……。
「……ゴメンね。戻ろっか。皆心配するし、ね?」
あたしは彼の気分を悪くさせないようにと、少し微笑んで柔らかくそう言った。
「そういうところ、やっぱり可愛いね」
「……えっ」
「俺のこと、嫌?」
窺うようでいて、その中に自信のある顔つきで、彼はあたしの顔を覗き込む。
困ったな。どう断ろう。
こんなことなら、早く皆のところに戻れば良かった。
「そうじゃないけど……。
ほら、まだよく菅野くんのこと分かんないし。
皆と一緒にいようよ」
「俺は二人になりたい」
「あたしは――」
答える終わる前に、彼はあたしの右手を握った。
そこで言葉も飲み込まれてしまった。
わ。
どうしよう……逃げにくい……。
「手、放して?」
「放したくないんだけど」
握られた手に一層力がこもる。
間近からあたしを見つめる顔つきには隙がなくて。
ざわりと、胸騒ぎのようなものがした。
「放してっ」
あたしは思わずその手を振り払った。
一瞬、菅野くんの優しそうな笑顔が歪む。
――怖い。
そう思った時だった。
低い声が聞こえた。
「何やってんの?」
あたしと菅野くんの前に立つ、背の高い男。
――大野海斗。
急に割り込まれた存在に、あたしも菅野くんも、ただそこから彼を見上げる。
けれど彼のほうは、まるであたし達に興味のないような顔つきだった。
「菅野、水田がオマエのこと呼んでたぞ。呼びに来た」
「え? ああ……」
菅野くんはバツが悪そうに立ち上がった。
「菜奈ちゃん、ごめんね」
あたしに苦笑いをよこすと、すぐに大野海斗の横をすり抜けた。
そのまま皆のいる個室へ向かう通路へと歩きだした後姿を見て、あたしは小さく安堵の息を吐き出す。
これって……ありがとうって言うべき?
いや、でも。それって変かな?
ただ菅野くんのこと、呼びに来ただけだもんね……。
その場に立つ大野海斗を、あたしは思わずじっと見上げた。
視線に気が付いたのか、彼はこちらを向くと言った。
「何だよ。ありがとうくらい言えねーの?
やっぱり可愛くねーな」
あたしを冷たく見下げる。
それって、もしかして助けてくれたってこと?
でも……何か、ムカツク……その言い方……。
「どーも、ありがとー……」
無理矢理に口の端を上げて言った。
かなり引き攣っている気がしないでもない。
心のないお礼に気付いたのか、それとも嫌味にとれたのか、彼の眉は瞬時に中央に寄せられた。
しかも、大袈裟に。
「うっわ。やっぱ可愛くねー!」
「な、何よ!
だって可愛くないとか言うからじゃん!
ちょっと失礼過ぎない!?」
「つーか、隙ありすぎじゃん?
ホントは菅野にお持ち帰りされたかった?」
「何それ!? そんなことないもん!
て、ゆーかアンタこそ調子良過ぎない?
瑞穂にもミカにも良い顔しちゃって!」
「………」
あれ?
黙っちゃった……?
そうかと思うと、彼はまた顔を崩して、いきなりぶーっと噴き出した。
「な、何で笑うの!?」
「オマエ、さっきもオレのことじっと見てたもんなー。
もしかして気がある?」
ば…っ!
「ばっかじゃないの!? 何で気があるになるわけ!?
自意識過剰にもほどがあるわよ!」
「だって、見てたじゃん。アレ、気付かないと思ってんの?
つーか、朝もだし」
見越したように、あたしに向かってニヤリと笑った。
綺麗な顔が輪をかけて意地悪そうに見える。
あたしの身体中に急激に血が上った。
顔が、火照る。
いや、そーだけど。確かに見てたけどっ。
朝は確かにカッコイイって見とれたけどっ。
でもさっきはそんなんじゃないしっ!!
「勘違いしないでよ!
女は皆自分に気があるとでも思ってるんでしょ!」
「別にぃ。向こうから寄ってくるだけだし」
「何、それ!?」
「だって、そーだし」
ふん、と鼻でもならした音が聞こえてきそうなほど、澄ました顔つきであたしを見下ろす。
あームカツクっ!
やっぱり超自意識過剰!
「アンタ、ちゃんとした恋愛したことあるの?
どうせテキトーにしか付き合ったことないんでしょ?」
こーゆータイプはきっとそう!
まともな恋愛なんかどうせしたことないのよ!
女の子をナメてるのよ!
「………」
あ。黙った。
ちょっと言い過ぎた……?
そうかと思うと、大野海斗はさっきまで菅野くんが座っていた椅子に腰掛けた。
あたしのすぐ隣の椅子。
そして、あたしをじっと見据えた。
「別に、ちゃんとあるし。
オマエってそんなご立派な恋愛経験者なんだ? ふーん」
あっ。またムカツク言い方っ!
言い過ぎたなんて思わなきゃ良かった!
そう思った瞬間、次の言葉が耳に入った。
「じゃ、オレのことオトしてみてよ」
え?
――今、何て言った?
言われた言葉を思い返しながら、眉間に皺を寄せてあたしは彼を見つめた。
今、オトシテって言った?
どういう意味?
「そんなに自信あるならオレのこと、オトしてみなよ。菜奈チャン」
「は?」
「付き合って好きにさせてみろ、って言ってんの」
「はあああっ!?」
「どーせ、彼氏いないだろ?」
「どーせって、失礼ね!」
「いるの?」
如何にも見抜いている口調。
ムカつくにもかかわらず、図星を指されてぐっと言葉が詰まる。
「……いない……けど」
「じゃ、イイじゃん」
「よくない!
何でアンタと付き合うワケ!?
冗談じゃないわよっ!」
思わず、興奮して立ち上がる。
すると、彼もゆっくりと立ち上がった。
あたしより、ずっとずっと背の高い彼。
見上げていた顔が、屈んでゆっくりとあたしの目線に合わされる。
そしてニヤリとまた意地悪そうに微笑んだ。
ムカツクくらい綺麗な、端正な、顔立ちで。
「やっぱ、自信、ないんだ?」
得意げな顔。
絶対に出来ないだろ、と言わんばかりに。
ムカツクっ!!
ちょっとっ! 何様のつもり!?
「いいわよっ! オトしてやるわよ! 付き合ってあげるわよっ!
絶対好きって言わせてやるっ!!」
思わずそう口をついた。
売り言葉に買い言葉。
この時はまさにそんなカンジ――
だって。女の沽券にかかわると思ったんだもん。
すっごいプライドが傷付けられた感じがしたんだもん。
女として試されているような……。
こうしてこの時から、あたし達の奇妙な関係が始まってしまった――。
やっぱり今日は、ツイてない日だったんだろうか……?