君の指、私の声。

花屋「クローバー」を始めてもうすぐ3年になります。オーナーの大城 四葉といいます。

 朝は早いし、重労働だし、休憩をとる時間も無いこの仕事を続けられるのはただ花が好きだから。

 それに一人で自分のペースで仕事を進められるから。

 とにかく私は失敗をします。

 何も無いところで転ぶのは当たり前。

 花を浸けてるバケツに足を突っ込むのも当たり前。

 書類がなくなるのもよくあります。

 こんなんで、よく花屋を続けられるなって自分でも思いますが、

 不思議なものでお客さんはみんな優しく笑って許してくれました。

 ほんと、ありがたいと言うか、申しわけないです。

 なので少しでもお客さんに感謝の気持ちを返そうと思って

 毎日毎日、頑張ってます。

 恋愛なんかしてる暇もありません。

 だって昼ご飯も食べる時間も無いのですから。

 でも毎日がとても楽しいです。

 花に囲まれてとても幸せです。







 







 そんな私に親友の塚本 愛はこう言いました。

 「あなたは花と結婚するつもり?」

 いいえ、そんなこと無いですよ。結婚願望は普通にありますよ。

 ただ出会いすらないし、時間も無いし。

 「そんなこといってると結婚どころか彼氏も出来ないから。」

 痛いことを平気で言いますね、あなたは。

 「とにかく、あなたのためにセッティングしたんだからちゃんと来るんだからね。」

 と丁寧に地図をプリントアウトしたものに日付と時間が

 油性マジックで大きく書かれたものをバンッとテーブルの上に叩き置きました。

 そんなにカリカリしてたらシワが増えますよ。

 「余計なことを言わんでよろしいっ。」

 ガンッと頭をグーで叩かれました。怒らせてしまったみたいです。

 カツカツカツとヒールを鳴らしながら彼女は去っていきました。

 静かな私のお店には台風みたいな人ですね。

 テーブルに置かれた紙を手にとって見てみましたが、

 どうも聞いたこともないお店で、正直そこにたどり着けるかもあやうい私は

 申しわけないですが行かないことに決めました。

 



 
 数日後、丁寧にお断りしたはずの彼女は私のお店の前で待っていました。

 そんな日に限ってお客さんが少ないので早々とお店を無理やり閉めさせられました。

 彼女の安全運転とはいえない運転であっという間にお店に着きましたが、

 気分が悪くなってなかったのは奇跡だと思います。

 和風のお店で静かな砂利の間を抜け、大きな入り口につきました。

 お店の人に案内されながら靴を脱ぐと気をとられたせいか、思ったとおり転びました。

 はぁ。先行き不安です。

 愛には、
 
 「まったく、もう。」

 とぶつぶつ言われましたが、私を優しく引っ張って立たせてくれました。

 彼女は口は悪いんですが、行動はとても優しいです。多少、痛みを伴いますが。

 案内された部屋にはすでに二人の男の人が座っていました。
 
 一人は愛の彼氏さんの宇野 隆さん。

 もう一人は、怖そうな男の人。
 
 短髪で背が大きそうで目が切れ長。見るからに無口っぽい感じをかもし出しています。

 動物で言うと黒豹?

 ボーっとその人を見ながら部屋に入ろうとすると今度は体半分障子にぶつけてしまいました。
 
 愛はそんな私になれていましたが、愛の彼氏さんはかなり驚いて心配していました。
 
 もう一人の人は、表情変えずにじっと見られてしまいました。

 初対面なのにびっくりされなかったのは初めてです。

 「ご、ごめんなさい。大丈夫です。それよりもお待たせしまってすみません。」

 ぺこりとお辞儀をすると斜めにかけていたカバンがガボッと後頭部に落ちてきました。

 笑いをこらえながら彼氏さんが立ち上がりました。

 「大丈夫?そんなに待ってないから心配しないで。それよりも座って座って。」

 ああ、いい人ですね。

 愛と一緒に向いに座り飲み物を注文してからやっと男性の紹介となりました。

 彼は檜山 春海(ひやま はるうみ)さんといって愛や愛の彼氏さんと同じ会社の営業で

 働いているらしくみんな仲がいいみたいです。

 愛が彼の説明をしている間、ずっと黙って私を見てます。すごく見てます。瞬きせず見てます。

 そんなにじっと見られるとそちらを見れないのですが。

 チラリと一瞬だけ目が合いましたが恥かしくってすぐに下を向いてしまいました。

 下を向いて気がつきましたが今日はお鍋。

 蟹や海老が沢山入ってます。とてもおいしそう。

 久しぶりにこの豪華なお鍋で私はすっかり気分が上昇しました。食べ物につられると知っていた愛は、

 そんな私を見てニヤニヤしています。

 あ、失礼ですよ。食べ物につられないときもあるんです。

 乾杯とともにお鍋をみんなでつつきました。び、美味です!出汁がすごく美味しいので

 何も浸けずに食べました。

 ああ、でもポン酢も捨てがたい・・・・。

 ついお鍋に感動してみんなでわいわい話ながらたべていたら、檜山さんは一切お話ししていないことに気がつきました。

 話しかけたほうがいいのでしょうか。

 一応話をふってみましたが、二言、三言で返事されて会話が終了。

 うーん、お話しが苦手な人なんでしょうか。それなら無理に話しかけないほうがいいのか考えていたところ、

 私の前にいつの間にかでっかい蟹の足が。

 誰が置いてくれたんだろう。とりあえず蟹用のはさみで身を取り出すのに挑戦。

 あちこちと蟹が逃げるため(蟹は死んでいます。)うまく蟹を食べることができません。

 泣きそうになってふと前を見ると。

 それはそれは見事なはさみ使いで蟹の身をほぐしている、檜山さん。手つきを見入っていると、

 すごく綺麗な手をしていることに気がつきました。
 
 指が長くって、爪も長爪。関節が程よく太くって全体的にとても大きい。

 バスケとか、バレーとかしていたという感じでしょうか。

 う、好きかも。

 そんな私の視線に気がついた檜山さんは私に手を差し出しました。

 何を求めてるのでしょうか?私と握手をしたいのでしょうか?

 それにしても綺麗な手です。

 自分が水仕事でどんなに手のケアをしてもガサガサで、ひどい時なんか血がにじみ出るほど。

 そんな私の手と比べてしまうと悲しくなっちゃう・・・・。

 やっぱり見入ってしまってしまった私にボソッと、

 「蟹。」

 と一言だけ言いました。私の蟹がほしいのでしょうか。

 黙ってお皿ごと蟹を渡すとあっという間に蟹をほぐしてくださってすっと私に戻してくれました。






 あ、この人好きになるかも。







 そんな予感が私の中で渦巻き始まったらもう、止まりません。
 
 こんな短時間にしかも、蟹をほぐしてくれたから好きになるなんておかしいとは思いましたが、

 気持ちのボルテージが一気に上昇してしまいました。
 
 アルコールが入ってるせいもあると思いますが、顔は赤くなってしまったまま、

 その日は収まりませんでした。



 帰りにとりあえず番号とメルアド交換して家路に着きました。

 檜山さんの番号とメアドが入った携帯がなんだか愛おしく感じてその日は抱きしめて眠ってしまいました。

 そんな私を誰よりも喜んだのは愛でした。
 
 電話で報告したところ、電話口で大声を出すほど。ああ、愛にはとても心配かけてたのですね。

 でも大丈夫です。私、頑張ります。









 とりあえず、連絡を取ることにしました。

 散々電話を握り締めて考えたのですが、メールを送ることに決定。

 『こんばんは。昨日は楽しかったです。蟹、ありがとうございました。』

 ・・・・・・・・・。

 文章がおかしいです。私は本当に大人なんでしょうか。

 考えて考えて、

 『こんばんは。昨日は楽しかったです。お鍋の時、助けてくださってありがとうございます。

 また、一緒にお食事しましょう。』

 うん。これはおかしくないでしょう。

 もっと、気の利いた言葉がほしいのですが、私のキャパではこれが精一杯です。

 初めて自分から行動したので、これでも誰かに褒めてほしいくらいです。

 立ち上がってメールを送信するボタンをなるべく自分から遠くにしながら送信しました。
 
 なんで、こんな変な行動するかはわかりませんが。

 ドキドキしながらしばし携帯を見つめましたがもちろん返事はすぐにきません。
 
 しばし見つめ続け数分、ついにきました。

 うーっとうずくまってしばし興奮を抑え、

 そっと携帯を開けて見ました。

 


 『こんばんは。わかりました。』

 

 ・・・・・・・。

 何に対してわかったのでしょうか。もう少し、主語述語使ってほしいのですが。

 とにかくこっちの感謝の気持ちは伝わったのでしょうか?

 携帯を見つめながらまた考え込む。

 なんと返事をしたらいいものか。

 するとまた携帯がなり、メールが着信しました。見ると、また檜山さんから。

 

 『明日、休みにしました。食事に行きましょう。』

 

 明日・・・・・。

 あしたぁ?

 しかも休みにしましたって。確かに私は定休日ですけど。その話をしてたとき、とても聞いていたような
 
 そぶりじゃなかったですか。びっくりです。

 あたふたしながらとりあえず返事を打ちました。

 

 『行きましょう。』


 あ、なんでこんな文章にしちゃったの!!せめて檜山さんより長い文章にしなくちゃ人のこといえないじゃないですか!

 自分のバカさにガンガンと頭をテーブルに打ち付ける。

 その音と同時に、メール着信音が聞えてきました。

 

 『じゃあ、11時にあなたのお店の前で。』

 

 なんで私のお店を知ってるのでしょうか。でも、おかげで花にお水をあげることができます。よかったです。

 

 『わかりました。おやすみなさい。』



 とメールの返事を打ち、明日の洋服選びに取り掛かることにした。

 うれしさのあまりにテーブルの角に足の薬指と小指の間を強打しても、ちっとも痛くないのはきっと

 私の中にアドレナリンが分泌されまくってるからでしょうか。

 あーもー、久しぶりのデートです。

 そう、デートなんです。
 
 うれしいから踊ってみました。調子に乗ってくるくる回ったらまた同じところを強打しました。

 さすがに二回目は痛くて涙が出ました。

 よくみると、指と指の間から血が出てるじゃありませんか。

 ひー。大出血です。タオルで止血しても止まりません。

 とりあえず車で近所の夜間対応の病院に行ったら五針縫われました。

 怪我した理由を縫いながら先生が聞いてきたので、正直に話したらプルプルと先生の指先が震えていました。

 そっちのほうが私には怖かったです。

 



 デートの日。

 朝からやっぱりテンションは上がってました。

 自分の店までさすがに車で行くのは怖かったので電車で向い、お花たちにお水をあげました。

 「今日はねぇ、檜山さんとデートなんですよ〜。えへへ〜。」

 側から見るときっと怪しい独り言ですが、私にとって子供のようなもの。

 つねに話しかけています。

 「初めて二人きりだけど話せるでしょうか。緊張です。」

 でも。

 ホースを握り締め、上を見上げる。

 今日はこんなにいい天気。だからきっと大丈夫だ!

 そう、天気に向ってガッツポーズをした瞬間。

 「準備はもういい?」

 後ろからそうささやかれました。

 こんな声、反則です。低くてずしんときて首筋がぞくぞくして鳥膚が立ちます。

 「お、おはようございます。今、かたづけます。すみません。」

 あわててホースをまとめようとしてなぜか一緒に檜山さんまで絡めてしまいました。
 
 「す、すみません。」

 またあわててホースを解こうとした瞬間、ホースを取り上げられてたかと思うと、

 「もういい。ここはやるから。」

 上から威圧的な声がしました。怒らせてしまったのでしょうか。

 あっという間にホースを片付けてその場にたたずんていた私の手を引いて車に向い

 私を助手席に押し込みました。

 スムーズな運転でどんどん周りの車を抜いていきます。

 どこに行くんだろうとぼーっと眺めていましたら、

 「足。」

 と隣で声が聞えてきます。

 足を眺めましたが、特に変わりありません。包帯すらしていないので昨日の怪我も見えません。

 「足、怪我、したのか?」

 ああ、気がついてたのですか。すごいですね。

 「昨日、テーブルにぶつけた後、椅子にぶつけて足の指の間が裂けちゃいました。」

 運転中の檜山さんはまっすぐ前を見たまま表情は変わりませんが、
 
 眉毛が片方上がりました。それはどういう意味でしょうか。

 運転中をいいことに私の観察はまだ続きます。
 
 目は切れ長ですが、まつげは長いのですね。うらやましい。

 肌はつるつるぴかぴか。何を食べたらそんな風になるのでしょうか。お手入れとかしているのですかね。

 ハンドルまで伸ばした両腕は意外と筋肉質。やっぱり何かスポーツしてるんでしょうね。

 バレーでしょうか。いや、バレーであってほしい。特に意味はないけど。

 指は・・・・。何度見ても、やっぱりツボです。

 なんて綺麗なんでしょうか。ただ細いだけじゃなくて、あの関節の大きさがいいんです。

 うっとりと眺めていた私にきづいているのか、いないのか、それとも気にしないのか車は沈黙のまま

 車はどんどん進んで行きます。

 どんどんどん・・・・・・。あれ。ここはどこでしょうか。

 そういえば行き先を聞いていませんでした。
 
 「あの、今日はどこに行くのでしょうか。」

 「鎌倉。」

 渋い。渋いです。私は好きですのでいいですが。

 と、ついた所は鎌倉でもフラワーパーク。大船というところで、名前は聞いたことあるけど

 行ったことはなかった。近くにでっかい観音様が見下ろしてます。

 「花が好きだろうから・・・。」

 車を降りながらボソッという言葉に優しさを感じました。

 私が花を好きなことを踏まえてここに連れてきてくれたのですね。

 「はい大好きです。ありがとうございます。」

 にっこにこで中に入った。

 日頃も花に囲まれてるけど、こうやって大きなところでの花を楽しむのも大好きで、

 やっぱりにやけてしまいます。

 足元もおぼつかないのでフラフラしていたら、檜山さんが手をつないで案内してくれました。

 「足が痛くなったらすぐにいって。無理しないで。」

 だって。

 なんて親切な人なんでしょう。
 
 大きな手にがっしりと掴まれているので今日は転ばなくてすみました。

 よかったです。

 食事は、134号線にでて、大好きなカレーやさんに行きました。ここは土日だと、

 渋滞がおきるほどですが、今日は平日。

 ゆっくりと食べれて堪能できました。

 その後は、ゆっくりと浜辺を堪能。

 さっき歩いたからって階段に腰掛けてずっといろんな話を、
 
 といってもほとんど私が一方的に話しかけていましたが、ちゃんと答えてくれたり

 ほんのちょっと笑ってくれたり、

 いろんな発見がまたうれしくって私を多弁にしてしまいました。
 
 会ってまだ短い時間で、いつまでもこうしていたいなって自然に思えるなんてことあるんですね。

 檜山さんもそう思っててくれたらいいのですが、

 今ひとつ表情が読めません。なるべく早くわかるようになりたい。

 これも修行しなければいけませんね。






 
 はじめてのデートから、たびたび連絡取るようになりました。

 なぜか私がふと、檜山さんの声が聞きたいなって思うと、電話がかかり、

 何してるのかなっておもうとメールが届きます。

 彼は超能力者でしょうか。実に不思議です。

 そんなある日、私は大きなミスをしてしまいました。
 
 もう落ち込むだけ落ち込んでもまだ足りないくらいです。
 
 仕事は早めに切り上げ、シャッターを下ろして店の中でぽつんと座り込みました。
 
 うーんとしばらく動けません。

 下をむいて数分。

 ポケットの携帯が静かなお店の中で鳴り響きます。

 


 「・・・・。もしもし。」

 檜山さんだとわかってても今日はテンションが上がりません。

 「今晩は。何してたのですか。」

 「店で座り込んでました。」

 なので今日はとても話す気力はありません。と、続けるつもりでしたが、

 「今、店の前です。どこかに行きますか?」

 なんてびっくりすることを言われました。

 あわてて店を出ると対向車線のほうに檜山さんの車が本当に止まってました。

 少し考えましたが結局車に乗ることにしました。
 
 車に乗ると美味しそうな匂いが漂ってます。

 「これ。食べる?」
 
 渡された紙袋の中は、ボリュームたっぷりのカツサンド。

 食欲はなかったはずなのになぜかそれだけは私の胃袋は受け付けてくれました。

 私が車の中でカツサンドを堪能している間、

 車は高速に乗ってどこかに向っています。

 なにやらどこかの高原らしい。

 高速降りてしばし山道を登ること20分、誰もいない真っ暗なところに出ました。

 ちょっと怖かったのですが、檜山さんがまた手を引いてある場所に連れてきました。

 そこは、一面のコスモス畑。

 白や、黄色、ピンクもう一面がコスモスが咲き乱れています。

 檜山さんはヒョイッと柵を乗り越えて、私に手を差し伸べてくれました。

 檜山さんの力を借りて柵をどうにか乗り越えて、

 畑の中に入り込みました。

 月夜が照らしてくれて、丘一面のコスモスは点々とちぎり絵のように見え、

 私には絵本の中に入ったような感覚にもなり、

 いやなことも忘れてしまいそうです。

 柵に腰掛けて二人でだまってコスモスを見つめていました。

 そして、

 「元気でた?」

 と、少し心配そうに私の顔を覗き込みます。
 
 出ました、出ました。

 にっこり笑ってうなずくと檜山さんもうれしそうに少しだけ微笑みました。

 なんだか、また檜山さんの優しさに一つ触れられてすごく幸せな気持ちになって

 泣きそうになってしまいます。

 「ありがとうございます。」

 心からのお礼を頭を下げて言うと、じっと見つめていた檜山さんの顔が近づいてきました。

 だんだん近づいたと思うと・・・・・・。





 触れるか触れないかのキスされました。


 





 「四葉!」

 いつの間にか、愛が店にいます。あれ、さっきまで明るかったのにいつの間にか夜じゃないですか。
 
 「四葉!」

 私が両手に持っていたものを愛は取り上げました。
 
 「ああ、商売道具・・・・。」

 はさみを取られたら仕事になりません。

 「何が商売道具よ。今、何時だと思ってるの!」
 
 はい?今は・・・・・。あれ、22時まわってる。

 「檜山が何度も電話したのに連絡取れないって心配して私の部署に電話あったんだから。
 
 ヤツ、今日は出張で名古屋にいるからさ。いてもたってもいられないみたいよ。

 いつも冷めてるあいつがかなり焦ってたんだから。大丈夫?」

 名古屋・・・・・・。ああ、名古屋のおでんには味噌あじがあって食べてみたいと思ってました。

 はぁっと溜息ついて机にはさみを置いて私を睨みます。

 「で?」

 でってで?

 首を傾げる私をバコッと叩くのはひどいと思うのですが・・・・。

 「なにしらばっくれてるのよ。何かあったんでしょ?檜山と。」

 檜山さんと。

 檜山さん。

 思い出すだけでにやけてしまうのは、危ない人でしょうか。

 にやける私をまたバコッと叩いて愛は威圧的に質問を続けます。

 「ほ〜う。にやける様な出来事があったのね。

 私になにか言うことがあるんじゃないの?」

 愛に言うこと。

 はて。

 「昨日ね。キスされました!」

 バコッ。
 
 「違うでしょ。順序ちがうでしょ?付き合ってるならちゃんと報告してよね。」

 腕組しながら怒られました。
 
 付き合ってる?

 「え?誰と誰が?」

 思わず質問返した私に、怪しげな目をしながら愛は私を指さしました。

 人を指さししたらいけないんですよ。

 「四葉と檜山付き合ってるんでしょ?」

 私たちが?

 「付き合ってませんよ。そんなこと、言ってもないし、言われてもないですから。」

 そうです。毎日のように連絡取り合ってますが、付き合ってはいません。

 「だって毎日連絡取ったり、どこかに行ったりしてるんでしょ?

 それは付き合ってるって言わないの?」

 愛の言葉にプルプルと横に首を振って溜息が零れ落ちました。

 「檜山さんが私のこと、好きかどうかもわからないのに?」

 自分で言って落ち込んでしまいました。檜山さんの気持ちはまだ見えてないのです。

 一緒にいてたまにわずかに笑ってるんだなとか、

 声で今日はなにかいいことあったのかなとか、

 心配してるのかなってなんとなくわかるようになってきてるけど、

 好きとか恋愛感情においてはまったく読ません。

 小説みたいに、ドキドキするような視線で見られたこともないですし。

 だから昨日キスされたとき非常に驚いたというか、

 どうしたらいいのかわからなくなってしまった私がいて、

 それ以来檜山さんのほうを見れなくなってしまって気まずくなって・・・・・・・。

 いつもは私がこんな風にグジグジと考えていると頭をバコッと叩かれるのですが、

 今日は黙って話を聞いている。

 下を向いている私に、彼女はこう言いました。

 「そんなにわからないなら本人に聞きなさいな。ほら。」

 と、指さした先には、息を切らした檜山さんが立っていました。


 「檜山さん・・・。」

 つぶやいた私にカツカツカツと近寄ってぎゅうっと抱きしめました。

 「ひ、檜山さん?」

 思わず声が裏返ってしまいました。だって、いつも冷静な檜山さんがこんなことするなんて。

 それに檜山さんのコロンの香りと少し汗のにおいが混じって不思議な感覚になり、

 檜山さんの抱擁されるがままになってしまいました。

 「大丈夫か?何かあったのか?」

 何かって?

 両肩を揺さぶりながら檜山さんは私にうったえてきましたが、

 頭の中で何かを必死にさがしても、答えは出ません。

 「昨日、帰り様子がおかしかったから、気になって何度も連絡するのに取れないし。

 しかもそんな日に限って朝から出張だったから店にも寄れないし。

 とりあえず塚本に頼んだけど、こいつも連絡よこさないし。

 急いで仕事終わらせて新幹線に飛び乗ってここにきたら君は泣いているし。」

 いつも一言二言しか話さない檜山さんが沢山しゃべってます。

 「どうしたんだ、何かまた辛いことでもあったのか?それともまた怪我をしたのか?」

 またって言いましたね。またって・・・。あれは完治したんですから。

 「辛いことがあったわけでもないし、怪我もしていません。」

 きっぱりと言うと檜山さんはほっとしたようにまた私を抱きしめ、

 「よかった・・・・。君の声が聞けないと俺はどうもダメみたいだ。」

 私の声。

 「君の声はオレにとって安定剤みたいなものだから。」

 安定剤・・・。

 「それってどういう意味なんですか?」
 
 思い切ってたずねてみました。本人に聞くのが一番と愛も言いましたしね。

 私の質問に真っ赤になった檜山さんを初めて見ました。

 「それは・・・。それは・・・。」

 「それは?」

 「あーゴホン。私は退散してもよろしいですか?」

 抱き合った私たちの後ろから愛が手を挙げながら気まずそうに出てきたのを見て、

 一段と檜山さんは真っ赤になって片手で顔を隠されました。
 
 「愛!!」

 スゴスゴと出て行く愛にお礼を言うつもりで追いかけたら、





 ガツッ。

 

 
 あ、五針縫ったところをテーブルの足にまた同じようにぶつけてしまいました。

 よりにもよって今日はサンダルで、足を出してる。
 
 そして案の定。指と指の間が裂けてます。
 
 「うわ〜。血〜。」

 愛と檜山さんがあわてて近寄って私の足から流れている血を見てびっくりしています。

 「ほんとだ。また、病院にいかなきゃ。」

 檜山さんはそこらへんにあったタオルを足にぐるぐる巻きにしてお姫様抱っこをしてくれました。
 
 「病院、どこ?」

 車にそっと私を乗せながらたずねられたのでこの前の病院に連れて行ってもらうことに。

 ちょっとだけ嫌な予感はしましたが、

 当直の先生はこの前の先生で、また笑いながら縫ってくれました。

 あー、もー。この病院には二度とかかりたくないです。

 診察を待っててくれた檜山さんは凄く神妙な顔をしています。

 愛は・・・。慣れているからでしょうか、笑いをこらえてました。
 
 私の顔を見ると大爆笑にかわりましたが。

 散々笑った後、彼女はタクシーで帰り、私は檜山さんに送ってもらうことになり、

 なぜか車の中は沈黙。

 さっきまであんなにしゃべってくれたのに、どうしたのでしょうか。

 「あのさ、そこってよく怪我するところなの?」

 何を話そうか考えていたら檜山さんからの質問が。

 「いえ、先生は整形外科をやっていて初めて診たし聞いたこともないって言ってました。」

 暗い車の中を明るくしようと元気よく言ってみましたが、

 檜山さんの溜息が聞えてきて失敗に終わりました。
 
 「すみません・・・・。あの、もうここでいいです。」

 なんだかいたたまれなくなってアパートよりちょっと手前で下ろしてもらうことにしました。
 
 「なんで?ここじゃないでしょ?」
 
 「はい。でも、なんだか迷惑ばっかりかけちゃって。

 大丈夫ですから。だからここで下ろしてください。」
 
 なんて言ってるとアパートに着いてしまった。もう、何やってもうまくいかない。

 自分のバカさかげんに落ち込んでしまいましたが、いつの間にか運転席から降りて

 助手席のドアを開けた檜山さんは私の手を引いてくれました。
 

 

 
 あ、私の好きな手だ。

 あったかい。

 

 じっと手を見つめているとぐっと檜山さんのほうに引き寄せられてしまいました。
 
 耳元で、檜山さんが低い声でささやきます。

 「一日にこんなに振り回されるとは、思いもしなかった。」

 ああ、もうゴメンナサイ。

 「これからもきっと君に振り回されるんだろうな。」

 クスッと笑う声も聞える。

 「君と一緒にいると、安心したりドキドキしたり、一生飽きないだろう。」
  
 一緒?一生?

 「君が好きだ。だからいつも一緒にいてくれないか?」
 
 好き?

 「好き?」

 「そう、好き。それがさっきの答えだ。」

 さっきの。

 「君の怪我ですっかり忘れ去れそうになってしまったが。」

 あー。質問しましたね。私。

 「思い出してくれてありがとう。ということで君の返事は?」
  
 私の答え。

 檜山さんの広い背中に腕を回し力を込めて心をこめて見ました。

 「伝わりました?」

 「口でも言ってほしい。」

 口で。そうですか。



 私よりも20センチも背の高い檜山さんの頭を両手で引き寄せてキスをしてこういいました。

 「私もあなたといると安心します。好きですよ。」

 にっこり笑った私を見て真っ赤になる檜山さん。

 「まさか、君からキスされるとは・・・・・。」

 「あら、私に振り回されるのが好きなんでしょ?」

 ふふーん。

 たまには私もやりますよ。

 威張ってみた私をククッと笑ってこう言いました。







 「君には一生かなわないだろうな。」



END




サイト名が似ている・・・と、いう、ひょんな事でお知り合いになったなみへい様。。。
めちゃめちゃ可愛いくって癒される小説で大好きです♪
うふふ♪1周年記念フリーSSを頂いてきましたっ!!
この「君の指、私の声。」も天然な四葉さんが・・・♪蟹が・・・♪
癒されます。。。

なみへい様のHPはこちらから→【sky】(一部R指定があります)

 update : 2007.10.23