answer
――2月14日。
オンナノコの一大イベント。
大好きな人に、気持ちと一緒に甘い甘いチョコレートをプレゼントする日。
けどね、ウチの彼ってば、甘いモノは大の苦手。
だからチョコレートの代わりに、頑張ってちょっと奮発しちゃった。
海が大好きな――日焼けした海斗の腕に似合いそうなダイバーズウォッチ。
だって、腕時計って、普段仕事のときも着けるものだし、離れた場所にいてもいつも一緒って感じじゃない?
だからなんか、こういう日にプレゼントするのって、いいかな、って。
……早く帰ってこないかなぁ。
……て。帰ってきたっ!
ガチっと玄関ドアの鍵が開く音がした。
続けてドアが開かれる音。
あたしは急いで玄関へ向かう。
スーツ姿の海斗が、ドアを閉めたところだった。
「お帰りっ」
「ただいま」
「お腹空いたでしょ?
ご飯の用意してあるよ」
海斗は小さく鼻を鳴らし、目を細めた。
「うん……て、なんかスゲエ甘い匂いがするけど?」
「あー、お隣の山下さんにね、チョコマフィン作って持っていったの。
今日、バレンタインでしょ? いつもお世話になってるし」
お隣の山下さん――は、70歳すぎのおじいさんとおばあさんの二人暮らしで。
二人でここに引っ越してきたとき、右も左も分からない土地で慣れないあたしたちに、とにかく親身になってくれた。
スーパーも病院も役所の場所も、みんな山下夫婦さんが教えてくれた。
「……へぇ」
気のない返事をしながら、海斗は靴を脱いで家の中に上がる。
リビングに向かう海斗のあとに、あたしはちょこちょことついて歩く。
「で、それって、オレの分もあるとか?」
「ううん。海斗、甘いの嫌いじゃん」
「そーだけど」
リビングのドアを開ける。
「……て。随分色とりどりだな」
テーブルの上には、すぐ食べられるようにと、料理とワインを用意してあった。
少量ずつ違う料理をココットに載せ、真っ白な大皿に盛り付けた。
普段は使わないような赤や黄色のパプリカやグリーンカールも目を引く。
一目見てあたしの料理じゃないと分かったらしい。
「うん。会社帰りにデパ地下寄って買ってきたの。
ちょっと奮発しちゃったよ」
二人のバレンタイン。
喜んでくれるかと思って自信満々に言ったのに。
……どうやら違ったらしい。
「自分でご馳走作ろうとは思わなかったわけ?」
「えー、だって、海斗ってば、いつも言うじゃん。あたしの料理のレパートリーは少ないって。
こういう日だから、美味しいご飯のがいいかな、って。この間、テレビで特集やってたんだよね。
それに、仕事終わって帰ってきて、ご馳走作る時間なんてそんなにないし」
「ふぅーん……」
「海斗、手料理のがよかった?」
「……別に。
つーか、山下さんにチョコマフィン作る時間はあるのに?」
「チョコマフィンのミックス使ったんだもん。
卵を混ぜて焼くだけの、超簡単なやつ」
「………」
あ。黙っちゃった。
怒ってるな?
でも、それって、ヤキモチみたいなのだよね?
「……ごめん、ね?」
一応。恐る恐る、上目遣いで謝ってみる。
「次の日曜日に、料理、頑張ってみるから」
じーっと、黙ったまま海斗はあたしを見下ろしてくる。
への字口。
釣り上がった眉。
……なんて思ってたら、右手を取られた。
海斗の顔の前まで引き上げられる。
「コレは?」
と、人差し指のバンドエイドを見ながら訊いてくる。
「火傷した……」
「マフィン作ってて?」
「……そう」
あたしの返事にまた黙りこむ海斗。
威嚇するように見つめてくる目に、参ってしまう。……こんなときなのに。
だって、やっぱり、海斗の目、凄く好きなんだ。
あたしも黙りこんでいると、海斗は「じゃあさ」と言った。
「今、何て言ったか当てたら許してやる」
「え? 何?」
疑問符をぶつけたと同時に、目の前の唇が声を出さずに言葉を紡いだ。
ゆっくりと、形づくる。
ス……?
二文字の動きのあと、海斗はニッと意地悪に微笑んだ。
「声に出して、答えてみ?」
あたしに、言わせたいらしい。
そういうことを言わせて、反応を楽しみたいんだ、コイツってやつは!
「言いませんっ!」
「言えよ」
「言わないっ」
「言ったら許してやるって言ってるじゃん」
「もー! どうして海斗ってば、そうエッチなのっ!」
思い切り睨んでやると、海斗も思い切り眉を顰める。
「エッチ?」
「でしょっ!」
「………」
「………」
「……うーん、そうきたか」
「え?」
「子音違うだろ。
でも、まぁ、それでもいいな」
はぁ? と、今度はあたしが眉を顰めた。
「答え合わせするか?」
言いながら、海斗はあたしをひょいと抱えた。
――お姫様抱っこ。
「えええ!? ちょっと、海斗! 何!?」
「間違えたから、許さない」
「えっ、嘘っ!?」
「答え、言わせてやる」
そのまま海斗はスタスタとリビングを出ていく。
反論しても抵抗しても無駄。
ううん。……抵抗なんて、できるわけなかったり。
せっかく買ってきたご馳走もプレゼントもそっちのけで、強引な答え合わせ。
あたしは、本当の答えを、そこで何度も言わされた。
――『スキ』……ってね。
END